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Vladivostok2
北鮮・浦塩航路
朝鮮北部・浦塩経由
欧亜連絡
シベリア鉄道
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ウスリー鉄道・東清鉄道
Vladivostok
ウラジオストック
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<ニコライ2世凱旋門と大津事件>
ロシア皇太子ニコライは、1890年11月、ロシアの首都ペテルブルクを出発し、甥のギリシャ王子ジョージを連れだって漫遊の旅にでた。エジプト、インド、セイロン、シンガポール、ジャカルタ、バンコク、サイゴン、香港、上海を経由し1891年(明治24)年4月27日、長崎に到着し、5/9には京都常盤ホテルに入った。
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そして、1891年5月11日、大津事件が起こった。ニコライ皇太子が大津と琵琶湖観光のあと、警備にあたっていた津田巡査に切りつけられたのである。その後、ニコライは予定を早め、5/19に日本を離れ、ウラジオストックに向い、ウラジオストック市民の歓迎を受けている。歓迎行事として建設されたのが凱旋門で、大理石の柱や多くの石の浮彫で飾られ、当時のウラジオストックでは最高に凝った建造物であった。ロシア革命後取り壊されてしまったが、2003年に再建されている。
1891年5月31日ニコライ皇太子臨席の下、シベリア鉄道の起工式が挙行された。

大津事件は、1890年11月29日に施行された大日本帝国憲法に則って裁かれたことで、日本が文明国であることを世界に知らしめることになった。
ニコライ2世凱旋門 2018-08-17 大津事件の日、1891-05-11が刻んである。
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旧駅舎は1894年完成
極東、ウラジオストクでは、1861年に港が開港し、1880年にはオデッサ(ウクライナ共和国)からのロシア義勇艦隊による定期航路が開設されて欧露との交通手段となった。1891年にはロシア帝国皇太子ニコライの臨席のもとウラジオストクでシベリア横断鉄道の起工式が行われ、93年にはニコリスクウスリースキーまで、97年にはハバロフスクまでのウスリー鉄道が開通した。ヨーロッパまでの路線は、難工事が予想されたアムール川沿いの路線よりも、中国満州地方を横断する東清鉄道経由の開通が早く、1903年であった。1904年には周バイカル鉄道が完成し仮線だったバイカル湖上連絡が置き換えられ完全な鉄道が完成した。
ウラジオストック駅舎は1894年に建設され、1912年に改築されている。
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改築前の駅舎
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Vladivostok1
Vladivostok2
浦塩港