北京
豊台駅
豊台駅 2000年
京奉鉄路と、京張鉄路の列車が豊台駅を発着していた。
古い駅舎が残っており、二つの出入り口がある。
一つは使用されておらず、一つは切符売り場になっていた。一番左に現在のコンクリート造りの駅舎がある。(2000年撮影)
現在は、3つ目の新しい建物が、駅本屋となっている。2000年
京奉鉄路と豊台駅
京奉鉄路は、イギリスの借款にて唐山での石炭輸送を目的に1881年建設が開始され、1889年には西へ豊台に達し、1893年には東へ山海関、1901年には北京に乗り入れ、1903年には新民屯までの路線が開通した。路線名称の奉天への乗り入れは、ロシアの東清鉄路との権益交差の関連で、日露戦争後の1907年となった。これも戦争中に日本軍が作った軍用軽便鉄道「新奉鉄路」を買収しての乗り入れであった。最初の京奉鉄路奉天駅は、後の皇姑屯駅であり、瀋陽総駅、満鉄奉天駅への乗り入れは1911年からである。
北京では、正陽門駅がターミナルであったが、豊台駅もまた、多くの鉄道が連結され賑わっていた。1905年には京張鉄路が、豊台を基点として、西直門経由で張家口へ到る路線を開通した。1916年に西直門−東便門の環城鉄路が完成し、直通列車が北京正陽門駅から発着するするようになる1934年までは、京張(包)鉄路の直通列車は豊台駅を始発駅としていた。
また、前門をターミナルとする京漢鉄路に連絡するため豊台−盧溝橋の連絡線も完成し、のちには京漢鉄路の全ての旅客列車はこの連絡線を使用して北京正陽門駅に乗り入れるようになった。