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伊院−沃川  1992年8月  
上下線のえらく離れた池灘駅を過ぎ、錦江を渡れば次は伊院の駅に着く。伊院から沃川に行くには、錦江に迫って崖肌を見せる緩やかな山並みをどこかで越えなければならない。明治の昔は伊院集落の真北の峠を選んだ。伊院の集落から峠まで直線距離で1.5km、標 高差で60m、これは到底鉄道では昇ることが出来ない勾配である。それ故、東から伊院駅 に進入する京釜線は駅を過ぎてもそのまま西へ進み、半径500mの曲線で180度回転して更 に進路を北へ90度変え峠へ向うという大迂回をして勾配を20/1000に抑えていた。峠には 長さ290m程の亀卜隧道を掘り、面境を越えて緩やかに築堤を下って沃川駅へと向っていった。1919(大正8)年の京釜線改良工事ではこの急勾配急曲線の迂回路の付け替えが主題とな った。新たに越えるべき峠としては伊院集落の西3kmの峠が選ばれた。峠には600m程のト ンネルが掘られ線路は素直な線形となった。
京釡線 
伊院付近
旧線(大正8年廃止)
現在線(昭和20年開通)
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伊院駅(旧)
伊院駅(現)
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伊院付近の旧線跡の道路 
沃川
秋風嶺
しかし伊院駅から新たな松峙トンネルまでの間の平均勾配は18/1000となお改良を望まれる値であった。1945(昭和20)年の複線化は伊院 駅を集落の南に移し、伊院からの昇り勾配線用のトンネルはトンネル内をも含めた平均的な勾配配置にして全体を10/1000以下に緩和するように配慮された。今では旧伊院駅は跡 形も無くなってしまったが、明治の旧線跡を利用して作られた国道4号線の築堤に鉄道跡の面影を見ることが出来る。残念ながら亀卜隧道の跡は確認することが出来なかった。
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伊院駅
朝鮮鉄道略図
廃線跡・鉄道史跡
京釡本線案内
京釡・京義・安奉経由
欧亜連絡
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昭和20年に廃止された区間には橋台跡が残っていた。 
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