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横浜港
東洋汽船 日本郵船
サンフランシスコ航路
SanFrancisco
欧州航路用に建造された新田丸も欧州大戦勃発により、桑港航路に使用された。(1940年竣工 17150総d 1942年空母冲鷹に改造)
龍田丸 1930年竣工 16955総d 1943年米潜水艦の雷撃により沈没
 
秩父丸 1930年竣工 17498総d 1938年船名のローマ字表記変更により好ましくない連想を起こさせる地域ヶ在るために船名変更「鎌倉丸」となる。 1943年米潜水艦の雷撃により沈没した。
 
下: ダラーライン 標準船535型 1921年の竣工 14000総d プレジデント・ウィルソンなどで活躍した。下下:プレジデント・フーバー(President Hoover) 1929年竣工 21936総d 1937年座礁
太平洋に出現した新会社ダラー・ライン汽船は太平洋航路からグレース・ラインの経営になったPMを追い出し、1925年北太平洋航路のアメリカ船はすべてダラー・ラインとなった。米国標準船の502型を16隻を投入して、ホノルル・横浜・神戸・上海・香港・マニラ・シンガポール・ペナン・コロンボ・スエズ・ポートサイド・アレクサンドリア・ナポリ・ジェノア・マルセイユ・ボストン・ニューヨーク・ハバナ・バルボア・ロサンゼルスを回る世界一周航路を開設し、北太平洋では、シアトル-極東-サンフランシスコを結ぶ馬蹄形航路を、1925年傘下に入ったアメリカンメール社との共同で米国標準線535型を投入して開始した。1931年にはプレジデント・フーヴァーとプレジデント・クーリッジの2隻の2万1千トンの新造船を投入したが、同年馬蹄形航路は不採算で廃止、1937年新造船P/フーヴァーは座礁して去り、結局1938年、ダラーラインは多大な負債をだして、新会社アメリカン・プレジデント・ラインがこれを引き継いだ。
日本では東洋汽船が日本郵船に吸収されて、1926年からは花形サンフランシスコ航路は日本郵船が運航することとなり、17000トン級の「浅間丸」、「龍田丸」、「秩父丸」の3隻を1929年から1930年に就航させ、船腹の刷新を計った。1940年欧州航路用として建造された「NYK3姉妹」の「新田丸」、「八幡丸」は欧州の不穏な情勢のため、北太平洋航路に入り、サンフランシスコを結んだ。末っ子の「春日丸」は空母として竣工した。
 日本郵船の桑港航路の船はサンフランシスコでは、一番街とブレナン街(1st &
Brannan St.)の付根の埠頭に碇泊した。
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日本郵船埠頭
Baedeker's United State 1909年版より
横浜
サンフランシスコ
桑港航路1
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北米大陸
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