a111007.jpg
a111006.gif
a002012.gif
a002012.gif
欧亜連絡
北米大陸
欧州大陸
日本の玄関
国際連絡都市 
下関・門司・長崎
下関・門司・長崎、これら西の港町はアジア、ヨーロッパへ旅たつ時の日本本土の最後の土地であった。関門トンネルが開通する以前の下関駅、東京から到着するのは、1列車1・2等特急「富士」が朝9時頃の到着、夜になると7列車1・2等急行が21時頃、どちらも展望車・洋食堂車を従えた豪華な編成であった。九州方面では、門司からのそれぞれ、1列車急行(熊本経由)鹿児島行き、101列車急行長崎行き、201列車急行宮崎方面、そして夜行の7列車急行鹿児島行き、107列車長崎行きに連絡していた。長崎からは、107列車が中国上海行きに、逆に上海からの便を連絡するのは102列車であった。一方、大陸方面ではそれぞれ、関釜連絡船昼行1便、夜行7便、京釡京義線経由1列車各等急行「ひかり」新京行きと3列車各等急行「興亜」北京行き、7列車各等急行「のぞみ」新京行きと9列車各等急行「大陸」北京行きに連絡していた。「ひかり」で行くと、新京から603列車さらに哈爾賓から701列車に連絡し、満州里からシベリア鉄道経由欧州行きの便があった。また、門司から定期外航客船は、台湾基隆、満州大連、中国天津、中国青島、欧州ロンドン、南洋諸島、フィリピン、インドへ向かう便が正午から14時ごろまでに出向し、外地からの到着便は午前中の入港であった。長崎からは中国上海、豪州メルボルン、カナダ太平洋汽船の香港−バンクーバー線の寄港地でもあった。
下関行き 名門列車
下関
門司
長崎
国際連絡列車
下関
日本郵船の案内には、「我国と上海以西諸港間往来の1・2等船客が内地諸港間を海路の代わりに鉄道に依りたいこと希望せらるる時には別に汽車賃の支払いを要せず本船または乗車地支店において横浜(または東京)、神戸、門司、長崎間の一部または全部に対し鉄道乗車券を発行し手荷物は無賃制限量に限り目的地迄船便輸送します。但し通行税急行車及び寝台車料金は船客の御自弁であります。」とあり、東京−神戸−下関・門司−長崎間が国際連絡の重要な路線であることがよくわかる。
a111005.gif
a111004.jpg
a111003.jpg
a111002.gif
a111001.gif
a015001.gif