北京環城鉄路
東便門站
豊台方面
豊台方面
西直面方面
正陽門方面
朝鮮満州支那旅行案内 鉄道院 大正8年 より
最新北京市街図
春明堂書店 1938 より
西直門付近でも、環城鉄路の一部が残っており、レールが道路に吸い込まれて消えて行く光景が見られる。
上:(J) 2001年1月 右:(K) 2002年10月
環城鉄路は「火車券洞」を潜って北上していた。京奉鉄路は東南角楼を過ぎて南方に曲がっていた。両線は東便門站で分岐していた。(2006年5月撮影、戦前の東便門站付近を走る列車 (華北交通(株)社史 1984年 より))
環城鉄路
京張鉄路は、もともと基点を豊台駅としていたが、1916年北京城の城壁の外側を回り込むように、環城鉄路が建設された。これにより、列車は北京正陽門に直接乗り入れが可能となった。京張鉄路の直通列車は初め豊台駅を始発駅としていたが、このルートを使用して1934年から北京正陽門駅を始発駅とするようになった。環城鉄路は1954年に廃止され、1959年には新しい北京駅が完成し、1965年には城壁のほとんどが崩され道路となっている。
ただ現在も東南角楼付近は城壁が残っており、「火車券洞」と呼ばれる環城鉄路の城壁ゲートが残っている。また、近くには、京奉鉄路信号所とポイントの一部が保存されている。