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朝鮮京東鉄道 水麗線
龍仁−午川
新葛−龍仁
午川−利川
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陽智駅跡の横には橋台が残り、そこから築堤が国道の横に着いたり離れたりして残っていた。途中ゴミ焼却場になった部分を通って、斎日駅に進入する前で大きく右に脹らんでカーブして旧駅構内へ続いていた。構内の入り口に相当すると思われる部分には2線分くらいの側溝用橋台が残っており(2)、もうそこは構内であったことを示していた。斎日駅も貨物を扱っていたので構内もそれなりに広かったことと思われる。元駅本屋の前と思われるところには貨物倉庫が数棟建ち並んでいてその面影は十分であった。雪が積もっていたためかもしれないがホーム等の跡形は見付けることは出来なかった。
 駅跡を過ぎると築堤はまた単線分の細いものとなった。小屋を搭せた築堤は橋台と橋脚を介して川の対岸に渡り(3)、午川駅の手前まで国道とは川の対岸を走ることとなる。そのために現在は人通りが少なく、道としては機能していない単なる道床跡になっていた。途中嶺東高速道路の下をくぐり山と川に挟まれた狭い所に道床跡は続いていた(4)。午川集落にかかる辺りの川沿いの旧線敷きには公園が作られており、そこには旧線の橋台と橋桁を利用して道路橋が架けられていた。
旧線は川を渡ってきた国道と交差して午川駅に進入していた。午川の集落の真中辺りに駅の跡と思われる空き地があった。そこにはホームは残っていなかったがよく探してみると駅舎らしい建物が残っていた(5)。建物の裏側へ突き出た屋根と引っ込んだ裏側の出入口とが駅舎の構造とそっくりである。現地の人に確認はしていないが駅舎の跡に間違いないだろうと思う。
 この日の歩きを終えてソウルに帰るのに高速道路経由のバスを利用するほうが所定所要時間は速いのだが、今日は大晦日でありソウル地区での渋滞が気になったのでわざわざ遠回りして水原までバスで行き国鉄で帰った。国鉄線の水原?ソウルは本数が多くないので混雑するし、所要時間が長いので出来れば乗りたくないのだが仕方なく今日は我慢することにした。
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廃線跡・鉄道史跡
水麗線 略歴
朝鮮鉄道略図
京釡・京義・安奉経由
欧亜連絡
龍仁−陽智−午川 1990.12.29,31 
 龍仁駅跡を過ぎると市場になった部分を越してすぐに雲鶴川を渡っていた。この橋梁の跡は、龍仁駅側に橋台が残っていたが反対側の橋台や橋脚などは何も残っていなかった。この川からしばらくは国道と少し離れたところを通っており、その区間には橋台や低い築堤がぽつりと残っていた。国道に近付いた旧線跡は少ししてまた国道から離れていく。そして陽智川を渡ってしばらくはその川の対岸を走ることとなる。鐵道時代の橋脚につぎ足しをして架けられている陽智川の橋を渡ると、道が広がった形で残っているだけの麻坪駅の跡地があった。
 麻坪駅から先は田圃の中を進んだ後、左側に山がそして右側に川が迫ってきて旧線跡はその間を一定の幅を保ったまま先へと続いていた(1)。そのうち国道が近付いてきて陽智の街が見えてくると、旧線は国道と交差して陽智駅へと続いていた。この跡は明瞭に残っていて、陽智駅跡の空き地へ続いていた。陽智駅跡は何の建物もなく広い土地だけが駅の跡であることを示していた。
 陽智駅跡に近いバス乗降場から新葛までバスで帰ったが、その途中3件の交通事故を見た。韓國の自動車運転の凄まじさと、冬の凍結した道路の恐さを改めて実感した。
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