a048010.jpg
a048009.gif
a002012.gif
a002012.gif
慶全支線 未成区間
淳昌ー金池間ー1
淳昌−金池 2
 
そんな韓国の田舎の風景の中に続いている未開業線路盤は前方で大きく左にカーブしてトンネルへと吸い込まれていった(写真4)。長さは100mくらいでそんなに長くはなかった。トンネルを出ると閑内里というところである。しかし集落は路盤跡の周辺には見当らない。こんな所に駅を作るのは経済的には無理があるが、敷地の様子は駅の予定地のようにも思わせている。ただ、構造物の痕跡は見当らなかった。その跡地を過ぎたならば右手から山が接近してきて、その下から湧き水が出ており付近の人々が汲みにきていた。炊事や飲料水として使用しているようで18Lポリタンクに3、4本も汲んでいく人が殆どであった。そんな光景を眺めながら歩くと、前方にトンネルが現れた。そのトンネルは内部でカーブしており長さは約600mであった。はっきり言ってそれだけの長さがあると内部は真っ暗で歩くのは非常に辛いものである。しかしこのトンネルには中に2つの電灯がついていて足元は見ることが出来た。とは言っても5分以上も外部と遮断されたひんやりとした空気のもと薄暗いトンネルの中を歩くのは薄気味悪いものである。トンネルを出たらすぐに全羅南北道の境界をなす蟾津江であった。道の境界であるのだからそれなりの河幅を持った川でしかも路盤の高さとの高低さもあった。そしてそこには橋台と橋脚があったが橋桁はなかった。仕方なくここで引き返すことにした。
金果-淳昌
朝鮮鉄道略図
欧亜連絡
a048008.jpg
a048007.jpg
a048006.jpg
a048005.jpg
a048004.jpg
a048003.jpg
@
5
A
B
C
D
E
6
3
2
1
4
 淳昌の駅跡を過ぎると、小道となった路盤跡は高速道路と交差し、先程から平行していた国道とも別れを告げて金池へと向かっていく。淳昌から先は平行する道路も無く、この路盤跡だけが進んでいくことになる。金池は大きな集落ではなく淳昌との関わり合いも多くはないので道路はみな南原の方に向かってしまっている。鉄道はより平坦な地形を望んでこのルートを選んだのであろう。路盤は全羅南北道の境界となっている蟾津江の渡江地点へ向かって南東に進む(写真1)。佳南里に差し掛った所で沙川に出くわした。橋の跡があり橋台と橋脚が残っていたが橋桁はなかった(写真2)。つまりこの川が渡れなかった。しかたなく大きく遠回りして上村里にでてその先に進んだ。寺院なのだろうか韓国の伝統を感じる古い建物がをふりかえって写真を一枚(写真3)。
光州線廃止区間
慶全支線未成区間
a048002.gif
a048001.gif
廃線跡・鉄道史跡
半島南部の交通
a015001.gif