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逢坂山トンネル
 
東海道線の開通
 新橋−横浜間開業の明治5(1872)年10月14日に続いて、大阪−神戸間が明治7年(1874)に仮開業し、明治10年(1877)には京都−神戸間の正式開業、明治13(1880)年には大津までが開業した。大津から琵琶湖連絡を介しての対岸、長浜からからは、金ヶ崎へ明治15年(1882)に、関ヶ原へ明治16年(1883)、明治22年4月の浜松地区の開通で東海道線全通となった。
 大津−長浜間は、明治15年から太湖汽船が琵琶湖水運での船車連絡をしていたが、所要時間約4時間を要し、この区間の鉄道連絡が望まれていた。明治22年7月になって馬場(現 膳所)−米原−長浜・深谷間の湖東線が開通し、鉄路による東海道線全通となった。湖東線の開通により、太湖汽船の大津−長浜間の汽船連絡は廃止され、馬場−大津間、長浜−深谷間は貨物線となった。
 日露戦争後、日本の経済成長を支えるべく、東海道線の25‰急勾配区間の3箇所の改良が始まった。最初は明治34(1901)年の伊吹越え、次は大正10(192)年の逢坂山越え、最後は昭和9(1934)年の箱根越えであった。
逢坂山越えの新線は新逢坂山トンネル(2325m)、東山トンネル(1865m)を穿ち、大津−京都間をほぼ直線で結ぶルートで建設された。距離も旧線の16.0km に対して 11.5km に短縮された。大正10年8月に新線に切り替えられ、京都側では 京都−稲荷間が奈良線に転用され、大部分は名神高速道路に姿を変えたが、逢坂山トンネルは日本人の技術で完成した最初の山岳トンネルとして建築史上意義のあるものとして、鉄道記念物にしていされ、その東口が保存されれている。付近には橋台跡、築堤したの水路に残る「ねじれまんぼ」様式のレンガトンネルが見られる。
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鉄道記念物に指定されて保存されている逢坂山トンネル東口と周囲に残る、橋台跡、水路トンネルのねじりまんぼ。2013年8月
明治43年測図 五万分一地形図

明治16年時刻表(史料鉄道時刻表/大正出版/1981
大谷駅とトンネル西口
建設中の新線大津駅と旧線を走る列車 (大津市歴史博物館)
神戸
浜大津
草津線
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