東海北部線 <巨津- 縣内> 1990.5.1 1991.3.19
先程の約2kmの小道のうち、旧巨津駅を過ぎてからの区間は左へ左へカーブしながら左右を小高い丘に囲まれた低地のなかを国道の方向へ向かって進んでいる(写真1,2)。道床跡は国道と接近し(写真3)、その右側にほぼ平行して残っていた。花津浦バス停付近で道床跡が国道をオーバークロスして左側に移り、それに続く築堤が残っていた(写真4)。その先築堤と国道が接近する地点で国道は左右に分岐する。右は大津へ向かう旧道で、左は旧線改修のうえ新設された新道である。新道は統一展望台に続く道路として、「統一の道」と命名されていた(写真5)。丁度この分岐点の辺りに縣内駅があった。此処の敷地の跡は「統一の道」への拡張と公園に姿を変えており全く跡形はなかった。この拡張された「統一の道」はここから1.5km程続くと右にカーブして旧道に合流していった。そしてカーブせずに直線で続
いている農道が現われ、それを500m程行くとトンネルが現われた(写真6)。トンネルのなかは水がたまっていて通行することは出来なかった。私はこの通行困難のトンネルを事実上の調査可能最北端と理解し、此処を以て現地調査を終了することとした。
此処から先15kmには休戦ラインがある。そして此処は北緯38゚30'18"韓國でも最も北側 に突出した部分であるので私の気持ちも厳しい緊張感であふれていた。手続きを済ませばこの先猪津駅付近の統一展望台まではバスで行けるが写真撮影は禁止されているという。しかしここでやめるのが安全だろう。トンネルのうえの山には見張り所が建っていて銃を持った兵士がこちらをにらんでいるかのようにも見えた。