<ノーザンパシフィック駅 Northern Pacific station>
ユタノーザン鉄道(Utah & Northern Railway)は 1881年、オグデンからの路線をビュートに伸ばした。更に、州都ヘレナ(Helena, MT) を目指すため、ノーザンパシフィック(Northern Pacific Railroad)と共同でモンタナユニオン鉄道(Montana Union Railwau)を設立し、ガリソン(Garrison, MT) への路線を1886年に完成させ、1883年にヘレナ経由で北部大陸横断鉄道を開通させていたノーザンパシフィック鉄道と連絡するようになった。このMU線により、U&N側はヘレナへの乗り入れ、NP側はビュートへの乗り入れが可能となった。しかし、1888年にはグレートノーザン鉄道が、モンタナ セントラル鉄道(Montana Central Railway)を設立して、1888年にビュートへの路線を開通させると、ノーザンパシフィック鉄道も、ローガ(Logan,MT)からビュートへの路線を1889年に開通させ、MU線を使用してビュート経由の第二の本線となった。1898年には、モンタナユニオン鉄道はノーザンパシフィック鉄道に売却され、完全にNPの路線となった。ローガンからのNP線は ビュート駅の手前、3/4マイルのところに MUトランスファー駅((MU Transfer Depot)を設けて接続され、列車はMU線に乗り入れてビュート駅に着いた。
1906年に建て替えられた駅舎が現存している。駅舎はニューヨーク市のグランドセントラル停車場で有名なリード(Reed)とステム(Stem)によってデザインされ、シンプルな二階建て、ライムストンで枠取りされた赤煉瓦で作られている。ノーザンパシフィック鉄道のほかオグデンに至るユニオンパシフィック鉄道によっても使用されていた。1979年にアムトラックのノースコーストハイヤワサが廃止されて以来、空き家になって荒廃していたが、1990年代に個人に引き取られて、再利用について検討中である。
上:絵葉書
左:1994年訪問時
右:NP本線では、ヘレナ経由とビュート経由の列車が設定されて、旧MU線は本線の一部として使われいるが、ローカル列車は支線として掲載されている。1901年時刻表
ビュート Butte,MT
ノーザンパシフィック駅
Northern Pacific Depot